薄汚れた壁で東西に引き裂かれたベルリン。リーマスは再びこの街を訪れた。任務失敗のため英国諜報部を追われた彼は、東側に多額の報酬を保証され、情報提供を承諾したのだ。だがすべては東ドイツ諜報部副長官ムントの失脚を計る英国の策謀だった。執拗な尋問の中で、リーマスはムントを裏切り者に仕立て上げていく。行手に潜む陥穽をその時は知るよしもなかった……。
イギリスの作家ジョン・ル・カレの英米の最優秀ミステリ賞を独占したスパイ小説。
宇野利泰 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫NV)
幾分設定などに古さがあることは確かだ。
冷戦時のベルリンを舞台にしたスパイ戦という状況などは、ソビエトなき時代を生きる僕からすると、あまりに時代がかった雰囲気を感じてしまう。
それに諜報活動のために自ら身を落とすような格好になるという展開や、そこで出会った女性といい仲になるという展開は、ひと昔前の作品にありがちなストーリーだなという印象を抱かざるをえない。
だがストーリーのテンポがきわめて良いため、素直に楽しめる作品になっている。
適度な緊張感を保って進むストーリーはどの部分もおもしろいのだが、個人的には法廷でのムントとフィードラー、リーマスを交えての応酬に心を奪われた。そこでの論戦では、真相がどちらにあるのかはっきりわからないため、どちらの言い分も筋が通っているように見え、読み手をやきもきさせるものがある。そのあたりの展開は本当に上手い。
リーマスが騙されているのではと仄めかす不穏さをあおるテクニックもさすがだ。
もちろん本作の肝であるラストの展開も心をゆさぶるものがある。
全体のために個の犠牲を要求する共産主義国家に対する告発や、自由主義国家だって似たようなことをしているという主張はさすがに古めかしいものの、全体が個を圧殺するという状況はいまも変わらない。
そしてそれに対するリーマスの叫びと怒りは真摯で、読み手の心にきっちりと届いてくる。そんな世界に暮らさざるをえないスパイの悲痛な心情はどこか切ない限りだ。
ラストシーンの残酷さはきわめて苦々しい。
だがリーマスは最後のシーンで、スマイリーたちの声を聞かず、リズのそばへと降り立っている。そのリーマスの行動の中に全体に翻弄される個人の全力の抵抗を見る思いがした。
それが悲劇的と言えば悲劇的だが、苦みを伴った希望とも言えるのかもしれない。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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